全世界300セット限定 販売中！
『中国本草全書』は、本草という言葉をおおむね第１の意味で使用している。４１０巻、２４万ページの容量をもつ本書は、中国古代から１９世紀までの中国伝統薬学の主要文献を集録・整理編集している。本書では、第１の意味のほか、さらに広い意味として、１つの文化的な概念として、本草という言葉を使用している（本草文化）。本草文化を形成する諸文献は、自己に対する認識、自然に対する認識、人と自然の関係に対する認識、中国人の生活態度、生活様式などを反映している。しかし、ここに集録しているものが、中国伝統薬学文献のすべてではない。現存する文献は歴史上に現れた文献総量の２０～３０％にすぎず、多くの本草書は長い歴史のなかで散逸してしまったのだ。しかし、２０～３０％とはいえ、その文献の量は膨大である。本書では重要な部分のみを選択し集録している（詳細については本書の『凡例』を参照）。
中国本草の起源は、５千年前の神農皇帝にあるといわれている。神農は民衆がさまざまな病に苦しんでいることを憂えた。あるとき彼は、動物が怪我や病気をしたときにある種の植物を使ってそれを治していることに気がついた。そこで山に籠もり、ありとあらゆる植物を食し、自分の舌と体を用いて薬効の調査を行った。彼は幾度となく中毒に陥ったが、民衆のためにこの作業を続けた。そして、ついに薬効のある植物を探し当て、天然薬物の歴史を切り開いたのである。人々は彼を薬王と呼んで尊敬した。現在でも、中国や日本、東南アジアの国々では、薬王廟が建てられ、毎年神農に感謝する祭礼が催されている。紀元前２世紀頃広く流布されていた『神農本草経』は、まさに彼の名を冠して書かれた本草書である。同書は現在発見されている薬学書のなかでは最も古く、単味薬は３６５種を数える。ちなみに、馬王堆漢墓（紀元前１６８年）で出土した『五十二病方』などの書中では、識別できる単味薬で３９４種、方剤で２８３種が確認されている。この時代の単味薬の研究項目は、薬物の正式名称・別名・産地・採集・性味・毒性・効能・主治・治療原則・加工製造・剤型・品質基準・服用方法・総合利用などに分けられている。
２．薬物の種類とその変遷。
３．薬物の性質と効能。性（気）味・帰経・毒性・主治・作用・禁忌を含む。
４．採集方法。採取・基礎的加工・乾燥・包装・貯蔵を含む。
５．製薬研究。剤型・剤量・配合・複合・合成・精製などを含む。
６．薬物来源の研究。産地の分布・産地環境・産出量・栽培・飼養・環境保護などを含む。
７．服薬方法。調剤・煎法・服食禁忌・薬忌などを含む。
８．食事療法・保健食品の選択・食品の相性など。
９．臨床応用研究など。
中国人は数千年に及ぶ歴史のなかで、本草の応用に関して整備された情報伝達システムを完成した。中央政府は紀元前２世紀にはすでに専門の薬政官を設置し、７世紀には薬政局を設置している。中国歴代の皇帝もその多くが本草学を重視し、自ら指揮を執って薬物の調査や薬物文献の編集を行っている。また、古代中国のどこの都市にも薬物の製造販売を手がける薬商がかならず存在し、どの医師も本草学・採薬・製薬に精通することを求められた。インテリたちもできる限り本草学に通暁するようつとめ、仕官がままならないときには医師を鞍替えし、すぐれた宰相になれなければ名医への道を模索した。また、古代中国の母親は基本的な本草学の知識を有し、身の回りにある薬草を識別することができた。彼女らは飲食を通じて疾病の予防をはかり、季節の草薬を調剤して家族の病気や軽い外科創傷の治療を行った。
つまり、本草は中国における重要な社会システムであり、中国文化の重要なシンボルである。このシステムとシンボルは、中国民族および中国社会の生存と繁栄を保障する責務を担っているのである。生存環境についていえば、中国の自然環境と人文的環境には深刻な問題がある。中国は３千年来、計２５回朝代が変わっている。平均１２０年に１回である。朝代が変わるたびに大規模な戦乱が起き、多くの死傷者を出している。また、ここ３千年で深刻な被害をもたらした自然災害は千回。平均３年に１回の割で起きている。死傷者の数もやはり膨大である。もし中国に本草のシステムが形成されていなかったら、中国文明は、かのマヤ文明のごとく消滅していたかもしれない。
哲学的な角度からみると、中国伝統医学では、人類の疾病の本質は人と自然界が調和あるいは平衡を失ったことにあるとみている。つまり、人が天地万物と協調しなくなり平衡を失うこと、また、人と人とが協調しなくなり平衡を失うこと、さらには、一個人の人体器官あるいは機能が協調しなくなり平衡を失うことが病の本質であるということだ。人と自然界の間に生じる問題とは、要するに部分と全体の関係において生じる問題である。そこで、中国伝統医学では、全体から出発し、部分的な問題を見出し解決しようとするのである。
| また、中国伝統薬学は、自然界から着手して人の問題を解決しようとする。つまり、自然界のもの（植物・動物・鉱物など）を用いることによって人が自然との平衡・協調関係を取り戻すよう手助けをするのである。その最も典型的な例が５世紀にみられる脚気の診療である。頭が痛ければ頭を治療し、脚が痛ければ脚を治療するといった単純なものではなく、整体観から出発し、同疾患の問題は自然界からの栄養摂取不均衡にあることを解明した（これについては英国の学者Joseph
Needamが専門的な考証と論述を行っている）。 中医の整体観と中薬の自然観は、ともに中国儒家哲学の自然観に端を発している。儒家哲学に限らず、中国古代のいかなる哲学学派も、自然に恐怖し、自然を敵とみなし、さらには自然を征服・支配しようとしたものはない。彼らが自然について学び、研究を進めたのは、よりいっそう自然を理解し、自然に順応し、自然との協調をはかるためであって、決して知識を利用して自然を征服したり、財物を得ようとしたわけではない。このような哲学的理想は、経済面においては、物質的欲望を押さえ込み、商業活動を貶めるという結果をもたらした。肯定的にみれば、この哲学観は人類のために人と自然界の関係を提示し、一種の究極的な知恵を提供したといえる。また、否定的にみると、高度に発達した中国の古代文明が現代の科学技術に継承されなかった主要原因がこの哲学観である可能性を見て取ることができる。 |
| 科学史家のJ.D.Bernalもこの問題に注目した。「中国古代の技術はあれほど発達し希望に満ちあふれていたのに、なぜ１５世紀前に突然その進歩が停滞してしまったのだろう？Dr.
Joseph Needamは、次のように考えている。中国に特有な原因の１つに官僚階級というものがあげられる。つまり士大夫の存在である。彼らは文学教育を受けてその地位を築いていたため、技術革新にはほとんど興味を示さず、ただ商人を虐げることに腐心した。しかし、商人が市場を開拓してこそあらゆる技術は進歩発展するのである」さらにBernalは脚注で例をあげながらこの問題について次のように言及している。「偉大なる海軍大将である鄭和は千人乗りの巨艦を率い、地中海からアフリカまで遠征した。その航海技術と装備はヨーロッパより百年から二百年は進んでいた。しかし、その後発展することはなかった。それはなぜか？第１に、中国人には動機が乏しかったことがあげられる。中国経済は海外貿易を必要としていなかった。鄭和が輸入したのが観賞用のキリンなどであったこともそのことを裏付ける。第２に、政府主導の事業であったことがあげられよう。皇帝があまり積極的でなかったために、この事業は継続して拡大することがなかったのである」。結局、BernalもNeedamも、中国で発生したこれらの不可解な出来事を完全に理解することはできないだろう。しかし彼らは科学技術史の大家として、その発展のメカニズムを明確に提示している。人々の需要という動的な要因、経済利益、制度によって保障された環境が、科学技術発展を支えるのである。これらがまさしく、中国伝統薬学が古代において高度に発達したにもかかわらず、近代にいたってそれにふさわしい発展を遂げなかった主要原因である。 中国古代哲学と西洋哲学、現代の中国哲学には根本的な違いがある。筆者はここで哲学について討論をしたいわけではない。しかし、まさにこの哲学の問題によって、本草学術や本草文献が具有している価値が現代社会や現代人のために生かされていないということを訴えたいのである。これに関して、いくつか不思議なことがある。 |
| １．現在、中国やアジア、世界各国では、２０億近い人々が中薬を服用し、数千万の家庭では中薬書籍を常備し、１００万にも上る医師が中薬の単方や経験方を応用して治療を行い、万単位の製薬会社やバイオ製品企業、化学工業製品企業などが中薬の単方・経験方を応用して新製品を開発し、１００単位の医科大学が本草課程を有し、さらに数え切れないほど多くの商業広告が中薬の名を冠して宣伝されている（たとえばＰ＆Ｇの歯磨き粉の外箱には緑色の葉が描かれ、・中薬成分を含む」と謳われている）。しかし、これらの人々や企業の活動は、本草の最も低く、最も浅く、最も簡単な部分に触れているにすぎない。彼らはそこでとどまっており、遡って中国本草システムのあの膨大な文献を理解し、利用しようとはしない。 ２．現在世界各国では、多くの薬物研究機構や製薬会社・バイオ製品企業・化学工業製品企業などが天然薬物の利用について研究している。各地を訪ね歩いて調査を行ったり、文献から情報を得るなどして、天然薬物探しに躍起になっている。情報を得ると、すぐさま現地で採集し、実験室に持ち帰って、分析・実験・サンプル作成・動物実験・臨床実験などの流れにのせる。しかし、このようなプロセスは、中国ではすでに３千年前から行われてきたのである。そして、その詳しい内容は歴代の本草書のなかにひとつひとつ記録され、入念に分類・整理・研究が行われてきた。違うところといえば、古代中国の実験室には、現代の生物・化学・物理的な方法や技術・設備、そして眼鏡をかけた博士が存在しなかったことである。このあたりが歴史文化の不十分な点かもしれない。しかし、もう１つの相違点にも目を向ける必要がある。中国で行われてきたプロセスは、数千年にものぼる時間と数億人にものぼる人々の労力による臨床検証を蓄積し、膨大なるデータバンクを形成したことである。これは間違いなく現代の科学技術にはない特色である。 ではなぜ、このような貴重なデータ資料や理論技術が利用できないのであろうか？簡単に説明してみよう。中国には、ごく少数の学者だけが全貌をつかんでいる百数十年にわたる文化と文字の断層が存在している。また世界には、ごく少数の科学史家だけが全貌をつかんでいる文化と言語の隔壁が存在している。そのために、１つの完成された文献であり、データシステムである本草文献は、孤独の歴史のなかに埋没し、歳月に蝕まれてきたのである。しかし、ここ２０年の状況には変化の兆しがみられるようになった。つまり、現代人は、地球規模で物事を考えられるようになり、自然を支配しようなどと考えるとかならずしっぺ返しを食うということに気づいたのである。そして、自然界との共存を現実的な問題としてとらえるようになってきた。ただ、西洋についていえば、その保有している哲学からは、この問題を根本的に解決することはできない。では中国人は？１５年ほど前から、祖先の哲学に理があるか否かを真剣に考えるようになり、地球規模の自然回帰の潮流に合流するようになっている。中国伝統薬学もまたこの潮流に乗り、人々に親しみの目をもって迎えられている。各企業も伝統薬学を応用し、次々に天然薬物を含有した薬品・飲料・薬酒・健康食品・美容品・化粧品・衛生用品・老化防止用品などの開発を進めており、多くの企業が利益を上げている。しかし、依然として基礎文献の研究を重視する人はあまりいない。 |
 |
１９９４年から筆者と数人の同僚により、本草文献を研究・整理する計画がすすめられた。われわれは幸運にも、前２世代の孤独なる本草学者が艱難辛苦の末に伝えてきた、たいまつの火を受け取ることができた。その１人である趙 黄先生（１８８３～１９６０年）は、近代中国生薬学の創始者であり、中華薬学会設立（１９０８年）の発起人である。趙氏は戦乱のなか一生を過ごしたが、片時も本草研究から離れることはなかった。臨終の床においてさえ、教え子である張国鎮先生（１９２８～）に、本草文献の収集・整理作業の完成を託すほどであった。趙氏の次世代の学者のなかに、馬継興先生（１９２５～）と尚志鈞先生（１９１８～）がいる。２人は現在、中国本草文献の権威である。彼らもまた戦乱のさなかに本草文献の研究に身を投じてきた。これら２世代の学者はそれぞれ孤立した一個人にすぎないが、われわれと本草の歴史をつなぐ鎖であり、彼らの存在がなかったら、この歴史のリンクは断たれてしまったであろう。彼らが４５０年前に見た文献も、今日ではその多くが散逸している。１９８４年の中国図書館聯合目録に登録されている文献でさえ、今年閲覧した際になくなっていたものが少なからずあった。現存する本草の歴史文献の保全に努めること、これ以上の散逸を防ぐこと、これこそが、かの学者たちがわれわれに向けて発した心からのメッセージである。 |
１年あまりの準備期間を経て、われわれはついに中国本草系統工程というプロジェクトを立ち上げた。このプロジェクトにはおもに２つの目標がある。第１に、文献を保存するため、『中国本草全書』を２００１年に出版すること。印刷は３００部。これにより本草文献の散逸問題を解決する。第２に、実用に供するため、２００３年までに中国本草文献データバンクを設立し、インターネット上で全世界のユーザーにサービスを提供すること。このデータバンクでは、歴史文献だけでなく随時新しい文献を収蔵していく予定である。データバンク完成後は、８～１０年ほどかけて主要文献を英訳し、データバンクを中英２ヵ国語で利用できるようにする。
筆者はこの事業のため、中国文化研究会をプロジェクト推進組織とし、中国本草工程工作委員会・学術委員会・顧問委員会を設立し、実務に専念している。そして今、５年あまりの技術研究・文献調査・目録研究・規格編制・文献採訪を経て、全世界１３０あまりの図書館から集録に値するあらゆる文献を収集し、編集・製版を完成させ、ついに『全書』が印刷・出版される運びとなった。
『中国本草全書』出版にあたり、私を助け支えてくれたすべての人たちに感謝の言葉を述べたい。しかし、対象者は膨大な数に上ると予想され、ここで１人１人をご紹介するわけにはいかない。その方々のご尊名と義挙については『全書』中の編集過程を記録した端書きでご紹介する。お世話になった方々でまず思い出されるのは、編集の過程で逝去されたお２人である。どちらも『全書』顧問委員会の委員であり、元国家衛生部部長であった方である。お２人は誠意あふれる態度で私を支え手助けをしてくださった。また、この長期にわたる編集過程では２つの新しい生命も誕生している。彼らの母親は『全書』工作委員会の同志である。彼女たちは出産直前まで私のもとで作業に従事し、健康な赤ちゃんを出産したあとには（願わくば彼らに本草のご加護がありますように）、すぐさま職場に戻り張りつめた編集作業に没入してくれた。
人の生き死には、まさに本草学が研究対象とする領域である。本草学は数千年にもわたる人々の生き死にのなかで発展、蓄積されてきたものであり、数十世代の人々の生命と知恵の集積・精髄・精華である。名も知らぬ多くの人々の生命と知恵の凝集したこの『中国本草全書』が人類の現在と未来に幸福をもたらすことを願ってやまない。そう、人類はその長い成長の道のりのなかで、数多くの創造と発明をしてきた。ひとつひとつの創造や発明の背後には、数限りない挑戦と失敗があった。ひとつひとつの挑戦と失敗のなかに、いったいどれほどの人の夢想や幻滅があったことだろうか？今や人類は集積した資本・技術・人材を得て、古代とは比べるべくもない高速システムにより次から次へと偉大なる発明を世に送り出している。しかし、満足げに明るい未来を展望する前に、われわれの先人が通った道のりについて考えを巡らしてみることも必要ではないだろうか？
あなたは本書を重厚な歴史文化遺産とみなすことができる。本書は東方古代文明の最も輝かしい部分の集積であり、そのきらめきは人類未来の生命の道を照らすだろう。あなたは本書を人と自然の関係史とみなすことができる。本書は人類と自然の調和・交流の思想と実践を描き出し、その理念は新たに自然と人類自体の本質を解き明かす手助けをしてくれるだろう。あなたは本書を科学発展史とみなすことができる。本書は中国人の行った人類学・生理学・医薬学・植物学・動物学・鉱物学・地理学など数多くの学問の研究を記録しており、その過程は、今日の科学技術研究の参考となり啓発を与える。あなたは本書を現代生物科学技術のデータベースとみなすことができる。本書が提供する膨大かつ途絶えることのない経験の集積は、バイオ研究やバイオ製品開発にとって最も直接的で、価値のある資料となるだろう。
最後に大切なことを述べておきたい。本書は決して歴史書ではない。本草は生きた文化なのである。本草は人類すべての人文資源であり自然資源である。中国文化圏にあるアジア国家の人々にとっては片時も離すことのできない生活の大切な要素なのである。世界を見渡すと、２０億近い人々が本草の下流商品を利用し、多くの企業では中流の商品ビジネスをしている。一条の大河のようなものである。下流では無数の人々がその恩恵を受けているが、上流まで出かける者はほとんどいない。上流の存在すら知らない者もいる。本書はまさにあなたにその上流を提供することを目的としている。上流でいったい何を得るか。すべてあなたの知恵にかかっている。
本草により、研究開発の新しい可能性の開けることを願い。 魯軍１９９９年９月２５日
